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水守つばき/鹽
水守つばき/鹽

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水稲逢融-すいとうほうゆう-①

新規水守つばきまでのエピソードになります。



時代とは川である。ゆるやかに流るるば、急にうねりを以て押し流れることもある。そう詠ったのはいつの世か。揺蕩う夢には終わりは尽きず、欲を満たしては水泡のようにふつふつと何度も沸き起こる。

「ふぁ……んっ……」

境内に徐に浮かぶ泡の中で、寛ぎながらずるりと蛇腹で透明な膜を舐る龍尾。泡の外の気配にひくりと動かすのは深緑の狐耳。柔らかな手で懐から取り出した手紙と時刻を見る。

「もうそんな時間なのじゃ……?」

泡の局面に背中をつけ、蹴りでふにっと泡を凹ませて身体を起こす。泡の中で乱れたスカートと長い裾の乱れを直し、左の稲穂のピンをくいっと上げる。来客の時間とはいえ、今回の来客は快い者ではない。目をしっかりと鳥居の向こうを睨むと、ちりんっと鈴の音が石畳を駆ける。七尾の影がゆったりと揺れ、白と金であれど何か禍々しさを感じる服が近づいてくる。にぃっと口をあくどい笑みの三角形を作り、泡に向かって一言。

「お久しぶりじゃなー、つばき♪」

「――稲華。手紙を出してまで向かってくるとは何用じゃ?」

「書いてあるじゃろ?妾とそなたの密談じゃ」

真面目な言葉に返す言葉は真面目に、しかし何か楽しそうな顔をしているのは二人とも同じであった。


水稲逢融-すいとうほうゆう-


水守つばきは曲がりなりにも水神として鎮座してきた。一方のこの鳳至稲華は昔から暴れてきた妖狐の一匹。

封印までこぎ着けたのは水守つばきのおかげであるが、封印が解けた身で跳ね回る姿は水守にとって一つの頭痛の種でもある。

封印が解けて二年が経過しようとしていた矢先の手紙である。ついに果たし状かと思えば穏便に話がしたいと謂う。

水守は龍尾をくるりと前へと押し上げ、先を掌にのせて弄びながら警戒して問う。

「で、何を密談というのじゃ?」

「こういうのは結論から言うのじゃ。つまり水守つばき」

すっと右手でスカートを払い、手首を腰にあててびしりと人差し指を水守つばきに指す。

「妾の力が欲しくないかえ?」

「いらぬ」

謂われて即答。しかし稲華はすっと空間を歪ませると離れていた距離を縮め、胸と胸が触れ合うほどの至近距離にまで詰め寄る。

「うぇ?!妾の力凄いのに?!」

「そなたはそもそも妖狐じゃろ、わちきは神じゃし……」

そう呟いた瞬間、稲華はその顔を罠に引っかかったヒトを見るような目つきを以て顔に近づく。

「そこなんじゃよ水守……そなた、清楚な神でいられるわけがないじゃろ?」

水守つばきの頬から一つの汗が垂れる。ギクりと真実に突かれたように目を見開くも、次には尻尾を稲華に巻き付けて脅す。

「……だからなんじゃ?わちきの昔に触れたところで、何かそなたに協力する必要があるのかえ?」

「妾がそなたに協力してあげようかってお話じゃよ♪妾の全てをそなたにあげるのじゃ♪……どうせ意地を張ってもそなたはそのままか消えるだけじゃぞ」

うぐっと顔をしかめる。過去の自分のした業を確実に知っていると睨むと水守は尻尾で強く締め付ける。

「で?そなたが被る恩恵は?そんな都合の良い話そなたが持ってくるわけ無かろう?」

「相変わらずの締め具合じゃなっ……♪でもそなたが今どうして暇しているのかと言えば……」

近くに流れる川は穏やかにその流れを保ち、街を流れゆく。取水口から流れていく水は人の為へと変わる。水守つばきが何もしなくても人は川の水を恵みへと変えていく。されどこの神社は水守つばきを鏡の姿で祀りあげ、幾年として忘れられることもない。

「ふんっ!あれで良かったのじゃ!」

「『自分さえ良ければ殺して良い』、妖狐らしい考え方じゃなあ?」

にたにたと笑う稲華の瞳には不真面目さの中に一つの答えをともしていた。


――時は約60年前。

神社の前には『ダム建設反対』の文字が書かれた幕が風に躍っていた。

「ふむ、このダムは治水、灌漑、そして飲み水となる……とても良い話とはわちきは思うのじゃけどのう?」

「アホか!自然をブチ壊すコンクリートなんて認められるか!!」

この地域の神様が複数柱集まり談合をしていた。水分神、水守つばき。そして川の神、山の神、森の神――

「向こうの川では全員神が滅んだと聞いてはいる。こんな計画認めたら我々は消失してしまう」

ダム建設という人間の蛮行をどう治めるか……それを焦点に話し合いをしていたが、水守つばきは乗り気ではない。それもそのはず、水守つばきはそもそも「田」という人が人の為に作り出したモノの神、田の神出身の狐。田の神として祀られた狐はいつの間にか川から引く水の神様となり、水分神として祀られていたのでそもそもの自然の神とはまた違う。故に此処にいる必要も無いが水守としてはその人の利となる計画が潰れそうなことに残念な気持ちも抱いていた。そして此処にいる神の盲目さにも呆れかえっている。人間はそんな古代からずっと変わっていないはずがないのに変わっていない前提で話す。このままでは文化は育たない……そこに芽生えたのは一つの悪狐の考え。

「それならそうじゃな……その怒りをまとめてヒトにぶつけてみるのはどうじゃ?神を畏れてこのような計画はやめるじゃろ」――


「まぁ封印されてた妾でも気づけたのじゃ。その石碑の黒幕は誰かなぞ」

ふっと稲華が視線を境内の外れにやるとそこには大きな、されどそこまで古くは無い石碑がぽつりと建っていた。それを水に流すように水守はぼそりと呟いた。

「……人は変わっていく。なら神も変わらなければならぬ」


――神は水守つばきに一斉に賛同した。そして夏の或る荒天の日、この自然全ての神が一斉に怒りをぶつけるのを水守つばきはこの社から見つめていた。

「……人はもはや神を畏れぬことも知らずに」

水が荒れ狂い、木々は山から落とされ、土砂を乗せて山から人里へと怒りが押し寄せる。神の怒りで限界に達した堤防は裂け、街へと洪水が押し寄せる――


「『この大洪水を機にダム計画は推進。10年後に完成を迎えて今も治水を担っている』なんて書かれているのじゃ。被害状況もこっそり人里の図書館で見せて貰ったが、此処は無傷。何故かと謂えば怒りが来ないように水の量を傾けたからじゃろ?そしてそれを神社のギリギリにすることにより『この神社にはやっぱり神様がいる』と思わせて水守つばきの一人勝ちってところかの」

無言の水守つばきに稲華は迫る。

「じゃから水守。神も変わらなければならぬというならば妾の話も美味しい話じゃろ?」

「人を支えるモノから人に支えられるモノになっただけじゃ。しかしそなたは人を昔は破滅に追いやったりしておったじゃろ」

逃げられなくなってくる水守つばき。実際に力が欲しくないわけではない、が何より人によって生まれ、人によって祀られる神としては人を害するという事が怖い。

しかし稲華はどうどうと余裕のままにいる。

「こちらも変わったのじゃ。人を不幸にするのももう面白くない」

「……ほう?」

「じゃから考えた。妾の身体じゃ神からは睨まれる故……妾の全てを水守に托して、これからは水守として遊んだ方が面白いかとの」

「つまり」

けほっと咳払いをして水守つばきは真面目な顔をする稲華にその結論を述べる。

「鳳至稲華は水守つばきに染まり、水守つばきは鳳至稲華に染まり、一心同体になれというのじゃな?」


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