※本作では競馬の綺麗事ではない暗部にかなり踏み込みます ※最終ページに予想と観戦マナーにも役立つ元ネタ解説があります ※独自解釈に基づき、ウイニングライブでは勝手気ままに歌わせます ※小説で勝負服の描写は限界がある! Part.1 待ったなし! ゲートが開いた瞬間、イソノルーブルは迷いなく飛び出した。それは誰もが考えた事で、それがどこまで続くかだ。 ミルフォードスルーもスカーレットブーケも逃げたいところだが、ルーブルの方が内枠で条件に恵まれていた。 北海道のローカルシリーズから遠征してきたナスノホシジョーというウマ娘が内枠からルーブルに食らいつき、ハナは切れないと悟ったスルーが外を回って巨体を先行集団の先頭に持って行く。ブーケに至っては前からのレースを諦めて後ろに下がった。 ルーブルは大きなリードが取れたのを確認して振り向き、にやりと笑った。そこには後手を踏んだスルーが居て、ルーブルを睨み付けながら追いかけて来る。 すんなり逃げる事の出来たルーブルは勝利をもう確信していた。スピードが売りのルーブルを容易に逃がしてしまったのは人気上位勢の失敗だった。 果敢にルーブルに競りかけたホシジョーはホッカイドウでは敵なしのホープだが、追走がやっとだ。 「アタシと競ると怪我するよ」 ルーブルは苦悶の表情を浮かべるホシジョーにそう言い残して第3コーナーに入った。事実、スピードの飛び抜けたルーブルと迂闊に競り合ったウマ娘は怪我をした。 内内を回って直線に出たルーブルはホシジョーを競り落として一気にリードを広げる。それでもまだルーブルには余裕がある。 スルーが追いかけてくるが、彼女は道中不利を受けた上にパワーと引き換えにスピードが欠ける。ルーブルを追いかけるどころか、一杯になって後続集団に飲み込まれていく。 セーフティーリードを作ったルーブル目がけてバ群から飛び出し、最後の抵抗に出たのが後ろに控えたブーケだった。 「待て!この野郎!」 ブーケは大外で末脚を使いながら思わず叫んだ。だが、追いかけるにもう遅すぎた。3バ身半差という着差とタイムは展開のあやでは説明が付かない。ルーブルは強いのだ。 「アタシのお袋が好きな歌を歌います」 ルーブルはウイニングライブでそう前置きしてブーケに目配せした。古風なイントロに若いファンははてと首をひねるが、中年以上のファンはおっと思う。 それ程昔に流行った『まつのき小唄』は浮気男を待つ女を面白おかしく歌ったナンバーで、待ってくれるはずもない敵に待てと叫んだブーケへの、明らかな当てつけであった。 こうしてルーブルは天性のスピードと過剰な闘争心をフルに活用してトリプルティアラ路線へと殴り込んでいった。 Part.2 サブトレーナーがやって来た このシーズン、トリプルティアラ路線を目指す新入生のレベルは史上稀に見るハイレベルと評判であった。 今はそうでもないが、この時代はまだトリプルクラウンを目指すウマ娘とトリプルティアラを目指すウマ娘にはかなりのレベル差があった。 その一方で重賞レースは少なく、大半が両陣営入り混じっての混合レースであった。なのにトリプルティアラ勢がこの世代は実に強かった。 有力なウマ娘達は互いがかち合わないように、慎重に新シーズンのレースを選んだ。前哨戦からハードな勝負を繰り返していては本番で駄目になる。 それが一流のウマ娘のやり方だが、ルーブルは自分がそういう「お高く留まった」領域に辿り着いてしまったのに苦笑した。 だが、ルーブルが選んだエルフィンステークスに有力なウマ娘の姿はなかった。圧倒的1番人気のルーブルはこのレースも楽に逃げ切り勝ちした。 しかし、トレーナーはこのレースに一抹の不安を見た。スローペースで進んだレースでルーブルは仕掛け所を迷ったのだ。 こういう迷いが命取りになる。直さねばいけないが、トレーナーも他に数人のウマ娘を抱えている。いくら有望でもルーブルだけにかかりきりというわけにはいかない。 そこでサブトレーナーが付いた。久々に大きなタイトルを狙えるウマ娘に出会ったトレーナーは、この際トレーナー間の派閥や縁故を無視した。 そしてこういう気の荒いウマ娘の扱いが上手いと評判の若いサブトレーナーがルーブルの元にやって来た。 「ウマ娘だって女の子じゃないか。そんなに悪ぶるなよ」 「あんたにアタシの何が分かるのさ?」 だが、ルーブルは極めて反抗的だった。抽選で他の誰でもなく自分を選んだトレーナーには恩義を感じていたが、たまにすれ違うだけだったサブトレーナーの言う事を素直に聞くようなら、最初から彼は呼ばれない。 「けど、それが良さでもある」 「良さ?」 「意地悪で、意地っ張りで、恐れ知らずだ」 ルーブルはそういう気性故に敬遠されている。 「つまり、そういう荒々しさがお前の武器だ」 なのに、サブトレーナーはルーブルのそうした歓迎されない性格を褒めた。ルーブルはそんな事を言われたのは初めてで、妙な気分だった。 「迷わず逃げろ。この際だから徹底的に嫌われてやれ」 嫌われろ。実に自分向きだとルーブルは思った。そう思わせただけでもサブトレーナーが付いた甲斐はあった。 ルーブルは内心では自信が無くて虚勢を張っているとサブトレーナーは読んだ。そして、その虚勢を利用してルーブルを走らせる事にした。景気良く逃げれば結果は付いて来るはずだと。 調整を兼ねて出走した桜花賞トライアルでそれは結実した。3着に入れば桜花賞への優先出走権が貰えるこのレースをルーブルが選んだのは、優先出走権が無いと桜花賞に出られないようなウマ娘しか出てこないからだ。 桜花賞にどうしても出たい他のウマ娘には迷惑な話だが、ルーブルは迷わなかった。 3人の逃げ合戦を制したルーブルはそのまま競り合ってコーナーを抜けたが、そこから更に二の足を使った。 やっと追いついたと思ったライバル達は何を考えただろうか。ルーブルは考えないようにしながら、容赦なく3バ身半の差を付けてゴールした。 「迷わないってのはああいう事だ」 レースを終えて戻って来たルーブルにサブトレーナーは爽やかな笑みを浮かべて握手を求めた。 「気に入った。あんたにアタシの可能性、預けるよ」 ルーブルはにやりと笑い、差し出した右手を握り返した。あとは桜花賞さえ勝てばこっちのものだ。 Part.3 五強 クラシックのシーズンが近付くと寮に勝負服が次々と届き始める。メーカーに注文する者、スポンサーが仕立ててくれる者、母親の勝負服を受け継ぐ者、いずれにしてもウマ娘達は生涯に一度の晴れ舞台を飾ろうと勝負服に凝る。 クラシックの幕開けを飾る桜花賞を前に、トリプルティアラ路線の主役と目される5人のウマ娘を集めてマスコミ向けの座談会が行われる運びになった。 ぞろぞろと学園に集まってきた記者団を学園の広報担当者と一緒に出迎えたのが、勝負服に身を固めたミルフォードスルーだった。 「ようおこしやす」 青い着物に白袴、桃色にだんだら模様の羽織という装いのこの京娘は、他にウマ娘こそ出ていないがトレセン学園の要職を務める父親を持つお嬢様だ。 「わざわざお出迎えとはね」 「記者はんがいたはってこそのウマ娘ですよって」 栗毛に和装とはいかにも不思議な取り合わせだが、それを感じさせない気品がある。万事に卒なくいかにも走りそうで、事実重賞を2回制しているが、スピードの勝負になると厳しいという説が囁かれている。 会場になる一室に記者達が入ると、そこにはスカーレットブーケが待ち構えていた。 「ようこそ、記者さん」 用意されたソファから起立しながら挨拶したブーケは、レース界で一番羽振りの良い一族の期待を一身に受けるだけに記者慣れしていた。 ブーケの勝負服は花の刺繍があしらわれた真っ赤なドレスだ。白いレースの長手袋も派手だが、何より目を惹くのは金の鎖に大きな青い宝石が惜しみなくちりばめられたネックレスだ。 「もう祝勝会の準備を?」 「ええ。してますよ」 あまりに派手な勝負服なので記者がからかったが、ブーケは負ける事など最初から考えていないという風だ。 この負けん気と度胸が桜花賞に向けて最もハードなローテーションに挑んできたブーケを支えていた。 予定の時間より少し早く、もう2人が現れた。彼女達は同じトレーナーの下に居る。 先に入って来たのはノーザンドライバーだった。白いポロシャツにミニスカート、そしてサンバイザーという一番スポーツ向きな装いをしたドライバーは、黄色いリボンで結んだ三つ編みがお洒落だというので人気がある。 「祝勝会の主役は私ですよ」 ドライバーはブーケを睨み付け、ゴシップ好きの記者を喜ばせた。2人は親戚なのでどっちが勝っても同じ顔ぶれで祝勝会が開かれるが、親同士に溝がある。 何より、ドライバーはトリプルクラウン路線のウマ娘と対等に渡り合った実績を買われて最優秀新入生に選ばれていた。他の誰に負けてもブーケには負けたくないという意識があった。 だが、記者が一番注目したのはドライバーと一緒にやって来たシスタートウショウだった。 デビューは一番遅く、3連勝したものの今回呼ばれた中で唯一重賞を勝っていない。だが、この見習い修道女の格好をしたウマ娘は生まれ持ったスター性が図抜けていた。 ブーケやドライバーの一族は確かにレースの世界で権勢を誇っているが、近年急激に台頭してきた新興勢力であって伝統がまだない。 その点シスターの母親は家の事情で一時期修道院に入っていたが、日本でレースが始まった明治時代にイギリスからやって来たウマ娘を母系に持つ。 父方もまたレース界で大きな影響力を持っている。シスターは生まれた時から走ると噂されていた。 何より、シスターは稀に見る美少女だった。レースぶり以上にその美しさに魅せられた関係者が多い。 「自信はどう?」 「勿論ありますけど、一人足りませんね?」 シスターは実績では一番劣るというのに全く臆した気配もなく、自分が主役なのを当然と思っているようだった。 そして、もう4人で始めようかという話になりかけた頃にようやくルーブルは姿を現した。 「いつも逃げるレースをしてるから今日は追い込んでみたわけよ」 ルーブルは冗談を言って記者を笑わせ、ソファに座った4人を押しのけて真ん中に陣取った。 他の4人は栗毛で、ルーブルだけがありふれた鹿毛だ。身体も小さく、何の後ろ盾も無いが、異質ゆえに目立ち、また5連勝の実績は際立っていた。 「ところで、勝負服は間に合わなかったの?」 ある記者がルーブルに問いかけた。ルーブルが着ているのは勝負服の用意できないウマ娘が着る為の、学園の購買で売っている既製品だ。 「アタシの家は貧乏だし、着飾る趣味もないからこれで出る」 記者がどよめいた。ウマ娘なら誰もが趣向を凝らした勝負服でGIの舞台に立ちたいと願う。なのにルーブルはこの間に合わせの勝負服で華の桜花賞に挑もうというのだ。 「貧乏ったって、一生に一度の事なのに?」 「給食費を滞納して給食抜きで暮らしてみなきゃ、分かんないだろうね」 ルーブルは横に座った毛並みの良いライバル達を見回した。こういう展開になると、何不自由なく育った彼女達は迂闊に口を出せない。 彼女達は名誉を追いかけて走っているが、ルーブルは飢えから逃れる為に走っているのだ。 「だけどさ、アタシみたいなのが勝つのをファンの人も期待してるんじゃないの?マル抽がお嬢様に勝っちゃう方が、新聞だって売れるでしょ?」 記者も笑うに笑えないが、それは事実だった。桜花賞で1番人気に推されたのは他の誰でもなくルーブルだ。 それは力だけではなく、ルーブルのサクセスストーリーを客が望んだからに違いなかった。 元ネタ解説 Part.1 思わず叫んだ: スカーレットブーケもまた勝負根性と引き換えに気性難を抱えていた Part.2 互いがかち合わないように: 有力馬同士の直接対決は馬を消耗させ、負けた方の商品価値を傷付ける。 なのでGI級の馬は極力強敵を避けながらローテーションを組む。 仕掛け所を迷った: 五十嵐騎手は仕掛け所を迷い、これが不安視されて乗り替わりとなった。 久々に大きなタイトルを狙える: イソノルーブルを担当した清水久雄調教師はイソノルーブルと出会う以前は6年間重賞を獲得できなかった。 気の荒いウマ娘の扱いが上手いと評判の若いサブトレーナー: 勿論乗り替わった松永幹夫騎手がモデル。牝馬の松永の異名を取り、騎手としても調教師としても牝馬GIの勝利実績が抜群である。 たまにすれ違うだけ: 松永騎手は清水厩舎とはこれと言った繋がりが無く、まだ若手だったことから、この乗り替わりはプレッシャーでもあったという。 抽選: 抽せん馬の抽選は馬主が調教師と一緒に「選ぶ順番」を決めるくじを引き、抽せん馬を順番に選んでいく。 荒々しさがお前の武器: そもそも、競走馬の勝負根性と気性難は表裏一体という側面がある。 Part.3 ミルフォードスルー: 馬主の則武清司氏は京都馬主協会の会長。勝負服の色をそのまま転用した。 スカーレットブーケ: 勝負服の意匠は恐いので使わない事にした。青地に金縁のメンコを付けていた。 ノーザンドライバー: ドライバーというくらいなので当時の様式のゴルフウェアを勝負服にした。黄色い毛糸を使ってたてがみを編み込む派手な「ワタリ編み」がトレードマークだった。 2人は親戚: スカーレットブーケもノーザンドライバーも同じノーザンテースト産駒だが、それぞれ馬主は違う。 最優秀新入生: ノーザンドライバーは最優秀2歳牝馬(旧年齢)に選ばれている。 シスタートウショウ: 歴代屈指のグッドルッキングホースとして絶大な人気を誇る。父トウショウボーイ、母父ダンディルートという良血。 更に母系は大繁殖牝馬シラオキを経て明治末に小岩井農場がイギリスから輸入した基礎牝馬フロリースカップに辿り着く。 母親は家の事情で一時期修道院に: トウショウ牧場では何故か繁殖成績が悪い事からシラオキ系の牝馬を売却してしまったが、シスタートウショウの母親のコーニストウショウは馬体が良いというので特別に残された。 着飾る趣味もない: 清水師はシャドーロールやブリンカーを馬に着けるのを嫌ったという関係者の証言が残る。