前編→ https://kmd.fanbox.cc/posts/3957713
自分が内容を整理するために書いてたのをベースにしてるので、項目とかの順番はてきとうです。重複っぽい箇所もあります。あと今回文字ばっかりで長いです。
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目次
●登場人物の名前について
●村人の正体、鳥と魚とは?
●村の罪
●村の外に出ること
●村の文明レベルと外界とのギャップ
●廃教会
●神降ろしの儀式
●「最初から永混でも問題はない」?
●ザクロの役割
●深淵海が凛音亞を唆したのは?
●凛音亞が見たもの
●永混の正体
●逢路蘭の正体
●ループの原因とゴール
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共=共通、メ=メイン、虚=虚実、畏=畏怖(それぞれゲーム内イベントコミュタイトル)
『鳥と魚』=朗読劇冒頭の言い伝えのこと。内容については前編参照
永混:エマ(Emma、Ema)全体、普遍、宇宙、などの意
エマという名前自体は現代でも非常にありふれたものだけど、クトゥルフ神話をベースとした物語に登場する人物と考えると、不穏な由来に見えてくる。
漢字もそれらしくて良いですよね。「永遠」の永に、「混沌」の混。
逢路蘭:アウロラ(オーロラ、aurora)ローマ神話の女神アウロラから
女神の名前が由来な時点で人外っぽさが出てる。オーロラの持つ極地や発光現象などの要素はクトゥルフ神話との関連も連想させる。
凛音亞:リンネア(Linnea)、リンネソウ(Linnaea borealis)から
リンネソウは双子の小さな花を咲かせる植物。
(ちなみにリンネソウは植物学者のカール・リンネに由来し、姓としてのリンネは菩提樹が由来)
深淵海:ヘルミ(Helmi)フィンランド語で真珠
真珠は涙と関連付けられて語られることの多い宝石だけど、深淵海先生のキャラクターはそういうのとは程遠そうだし、真珠に意味を持たせるつもりで付けられた名前ではなさそう。
でも一連の当て字の中で一番好き。名前からしてろくでもなさそう。深淵のぞいてる……ふふ。
夜羽那:ヨハンナ(Johanna)ヘブライ語由来、神は慈悲深い、神は私達とともにいる
得瑠沙:エルサ(Elsa)ヘブライ語由来、私は神に誓う、神は助け、救い給うた
慧深瑠亞:エミリア(Emilia)ローマ系由来、競争、好敵手などが語源
エルサとエミリアはラストの世界で登場した名前。
エルサは元凛音亞、エミリアは元夜羽那。
・『鳥と魚』の話から、村人たちは人間ではなく、人間のふりをしている人外
・神(『鳥と魚』内では「不思議な力を持ったもの」)の力によって、村人たちの姿は村の中にいるときだけ人間に見える
・村人は村の外に出てはいけない(奈緒カードテキスト)
・村長を含む村人には、人外だという自覚はなさそう(自分達の正体を明かしかねない昔話をよそ者に簡単に話すことや、村長が神との契約を理不尽だと認識していたことから)
・魚=人間という解釈について
魚も人外となると話が無駄にややこしくなる気がするので、言い伝え中の魚はイコール人間と見ていいと思う。
あとクトゥルフ的には、鳥と魚だったら魚の方が人間に近そう(『インスマウスの影』では魚人と人間の混血について描かれている)
(『鳥と魚』の中では、文字は魚が元々使っていたもの、名前は音だけ元の言葉を残したと言われているため、外国人が漢字圏の村を乗っ取ったという解釈も出来なくもないが……それはちょっとセンシティブにな気がするし、いろんな部分から強くクトゥルフ神話を意識していることが伺えるし、そういうのではなさそう。色々考えてみたけど『鳥と魚』の文字云々のところは作劇上の都合以上の事は考えないことにしました)
虚3、歌詞にある「罪」とは、鳥(人外=現在の村人)が怪我をしていた自分たちを匿ってくれた魚(元々村に住んでいた存在。たぶん人間)を裏切り、村を乗っ取ってしまったこと
・『鳥と魚』では村の中にいるときだけ鳥が魚に見える、とされている
・奈緒のカードテキストで、子どもたちに村の外に出ないように言っている
村人が厄災や貧しさから逃げて村の外に出ることは出来ない(掟などで禁止されている?)
気になるのは、朗読劇の中で村長と夜羽那が数日間(少なくとも5日以上)麓に降りていること。
村長本人も自分達の正体は知らない可能性が高い。村の外ではどうしているのか、また、何のために外出しているのかも不明。
村長の家系だけ特別(必ず双子が生まれるなどの特別な面が既に明示されている)、もしくは変身が解けるには時間的、距離的なラグがあるのかも。ただ、前者なら村長が娘だけ外に逃がすとかやりかねないので、後者の可能性が高そう
まぁ、麓に降りてるからと言って、村から出ているとは言ってないから、麓も村の範囲内という可能性もなくはないですね。
・村の外は現代に近い時代(深淵海は高層マンションのようなところにいた。朗読劇ではインスタントスープが登場
・村の生活、技術は時代に取り残されている(インスタントを知らない。ガラスを手に入れるのも大変、等)
ギャップが生まれた理由は?
1)村が極端に閉ざされ、外部との交流も避けていることで、物資も情報も入ってこないため
→この場合時間の流れ自体は正常で、村の外と中で同じように進んでいる
2)惨劇の繰り返しは村の中だけでおこっていて、村の外の時間は繰り返した分だけそのまま経過している
ループものであることが示唆されていること、村の内外でギャップが大きい(100年ぐらいありそう)ことからこっちの方がありそうだけど……
でもその場合、ここ10年ほどはループが起こっていないことになる(深淵海が十年程度の間隔で村を訪れており、その間村と外の時間の流れは変わっていない)
そして、その一方で永混の記憶には断絶がある(永混は幼深淵海に会ったことを覚えていない)
永混の記憶喪失の間隔とループ間隔が一致しないのはなんかしっくりこない気がします。
・鳥と魚の昔話に関する何かがある(朗読劇
・村人以外立ち入り禁止という決まりはない。でも、よそ者が入ると何が起こるかわからない(逢路蘭談)(虚3
・深淵海は廃教会に入っている(共2、畏3
・無断で侵入したロコ曰く「不思議な感じ」
・ロコが夜訪れると昼間書いた絵の目くらましが解けている(中に入ったのが原因なのか、夜だからなのか、教会以外の場で絵を確認しても同じように真の姿を見てしまうのかは不明)
「廃」教会になっているということは、普段はそんなに神を大切にしていないし、そこまで畏れてもないのかもしれない。単純に物資が足りなくて修繕できてないだけかもしれないけど……
あとは元々の住人(言い伝え中の鳥)が信仰していた教会をそのまま雑に使っているから廃教会になってしまった感じで、現村人は教会という建物にあまり特別性を感じてない……とか?
・儀式が失敗すると神降ろしを行ったものは死ぬ(虚3 夜羽那
永混の儀式は結果的に失敗扱いのようだったけど、アウトじゃなくてノーカウントだっただけか、神だから死ななかったとかそんなところか
・村人から見た神降ろしの儀式
厄災を鎮め、神との契約を新たにするために行われるもの(共2
神降ろしは、神と対話するための儀式である(虚3
・逢路蘭から見た神降ろしの儀式=神に誰かを差し出すこと?
逢路蘭「神に神を差し出すなんて」「君か妹どちらかを差し出さなきゃいけないとして」(畏4)
夜羽那を殺した凛音亞は、神降ろしの儀式は生贄の儀式だと思ってる(メ4)
ただ、深淵海(過去に行われた儀式について知っているはず)が永混の儀式を成功だと誤解していたことから、生贄が必須というわけではなさそうにも見える。
逢路蘭「決めるのは神様のご機嫌次第」(畏4)で言ってたように、生贄の要不要も成功の可否も神の気まぐれで決まっているだけなのかも……
本来儀式を行うのは誰の役目だったのか
・神降ろしの儀式は、基本的に村長か村長を継ぐものが行わなければならない
・逢路蘭「儀式は本来、村長を継ぐものの役目」(共2
(儀式の担い手については、「村長」(虚3)と「村長を継ぐもの」(共2ほか)などコミュ内でも表現が微妙に揺れてる)
・村長の家に生まれるのは必ず双子、村長となるのは上か大きい方の決まりだが、凛音亞が病弱だったため、夜羽那が後継になる
村長の家に必ず双子が生まれるのは、神降ろしの儀式が失敗して死んだ時のための保険として?
・血縁的には夜羽那も凛音亞も村長を継ぐ資格はあるため、儀式を行うのはどちらでも良いはず(畏3、畏4
つまり今回なら、儀式をするのは村長と夜羽那、凛音亞の3択
儀式の身代わりはOKなのか
・深淵海「「但し、誰かが身代わりを名乗り出た時は、移行しても構わない」(畏3
・深淵海「真実を伝えれば、おそらくは正しく繰り返される……(中略)……あるいは……違う真実を、伝えたとしたら?」(畏3
深淵海が伝えた、身代わりを立てても良いというルールはこの「違う真実」だと考えられる。つまり、儀式の身代わりはNGで、深淵海の作った真っ赤な嘘。
ただ、永混の儀式がうまく行かなかったのは、資格のない人間が儀式を行ったことが原因なのではなく、神に神を捧げたことが原因。だから深淵海の伝えたルールが村長の知らない真実だったとしても、ウソだったとしても儀式の結果はあまり変わらない。
凛音亞が儀式をしちゃダメな理由・誰が行うべきだったのか
・永混の認識としては、凛音亞は病弱で神降ろしに耐えられないから
(失敗すれば死ぬのは避けられないが、凛音亞の場合は成功しても耐えられないと認識している?)(共2
・一般村人達からすると、自分が危険を犯すよりは永混や凛音亞などの孤児が行ってくれて方がありがたい(メ4
・村長は凛音亞に儀式をさせるつもりでいた(虚4)
村長から深淵海への手紙では、夜羽那の尊大な態度の原因について「身代わりにする凛音亞への後ろめたさ」とある。つまり、以前から村長も夜羽那も、必要になったら凛音亞に神降ろしをさせるつもりでいた。
深淵海への手紙(虚4)で「私が志半ばで死んだら」とあるけど、ここでいう志は村長が儀式をすることではなく、神との契約を破棄することを指してるんだと思う。
・逢路蘭「次の『神降ろし』、面倒なことになりそうでさ。村長が厄介で……凛音亞だと、少し都合が悪い」(虚4
この時点での村長は凛音亞と夜羽那の父のこと。まだ生きてる。
「村長が厄介」は凛音亞に儀式をさせようとしていることだとして(神との契約を破棄しようとしていることかもしれないけど)
では「凛音亞だと少し都合が悪い」ってどういう意味?
1)凛音亞が神降ろしの儀式に指名されると、永混が身代わりを名乗り出てしまうからダメ
2)凛音亞は病弱すぎて儀式を成功させられない
3)病弱な凛音亞は儀式を成功させても死んでしまい、それを嘆いた永混がまたループに再突入してしまう
・深淵海「『凛音亞だと都合が悪い』なら、永混でもいいのでは?」(共2、畏3
これに対して逢路蘭は肯定していない。後から「神に神を差し出すなんて、バカだよね」(畏4)とあるから、永混が儀式をするのは論外。
永混は論外、凛音亞も都合が悪い、となると残りは夜羽那しかいない。
逢路蘭が「都合が悪い」なんて言い方せずに、はっきり「夜羽那に神降ろしさせろ」と言ってたら違った展開になってたのかな。
ダメです。
・「儀式が失敗すれば、どのみち凛音亞も……。」(共2
この段階では、読み手はこれが深淵海の企みだということは知らないし、永混が身代わりになるよう仕向けられている事も知らない。
だから素直に読むなら、永混が身代わりにならなければ、凛音亞は儀式によって死ぬし、永混の儀式が失敗すれば、次に儀式を行うのは凛音亞だ。
しかし、病弱な凛音亞が儀式を行っても成功する可能性は低い。犠牲を最小限にするなら永混を先にするべき、と村長は考えた、ということ。
・「ならば最初から永混でも問題はない。村長は、そう考えた。」(共2
ここの村長、は夜羽那のこと。また、後から「神に神を差し出すなんて、バカだよね」(畏4)とあるから、永混が儀式をするのは禁忌である。下手をすると凛音亞よりより悪い。夜羽那の判断(深淵海に唆されたのだが)は間違っていたことになる。
1)物語の中で村人が外部の人間に直接的な危害を加えているシーンが見当たらないため、ザクロが人間の血肉を表しているなら、過去の村人達(鳥)が殺してしまった人間(魚)がそれに当たるか。ザクロは村が犯した罪の象徴となる。
2)人が人の肉を食べることを禁忌とするのは、同族だから。とするなら、ザクロは村人たちの血肉ともとれる。凛音亞からみた村人は人間だし。
この場合、ザクロはこのあと凛音亞が起こす惨劇の予兆。
なんで深淵海が凛音亞にザクロを食べさせたかったのかは……分からないですね……
村人と永混たちにはザクロに見えてるだけでマジモンの人肉だったとか……化け物たちに人の味を思い出させることでかつての凶暴性を思い出させようとしたとか……ちょうど村長と商人も始末した所だし肉は十分に……流石にないか……
ストーリーの流れから考えると、ザクロはミスリードのためのアイテムともとれる。
凛音亞がザクロを食べるシーン(メ3)は、夜羽那が村人に優しくしている(共2)、凛音亞が元気に雪かきしてる(メ3)の直後にあり、読み手に「神降ろしの儀式によって村人たちの様子が豹変してしまった」という印象をより強くする。主人公に親しい友人がおかしくなるのは、読み手の恐怖を一層掻き立てるはず。
しかし、夜羽那が村人に優しくなったのは神降ろしの儀式を完遂しなければならないという重責から開放されたからだし、ザクロを食べる凛音亞の様子がおかしいのは直前に深淵海に夜羽那殺害を勧められたから。
・ちなみにザクロの皮には毒がある
皮に含まれるのは、ペレチエリン。めまい、麻痺、吐き気、麻痺などを起こすが、サナダムシや寄生虫の駆除にも利用できる、
ここから、ザクロによって凛音亞の中にいたものを追い出した、という発想も面白いかな~とは思うけど、ザクロ以外に寄生と結び付けられる要素が見当たらないので忘れて良さそう。
・深淵海が永混を身代わりに仕立て上げたのは、間違った方法で儀式を行ったらどうなるか、という好奇心
正常に儀式が終わってしまったらそこで厄災が一段落してしまい、新たな知見は得られない
・儀式は深淵海の目論見通りに行われたが、しばらくは傍観したほうがデータは取りやすそうに見える
・しかし深淵海は儀式の2日度、夜羽那を殺すよう凛音亞をそそのかした(ザクロを贈ったのもこのタイミング)
永混を調べるために親しい凛音亞を経由した(本人に直接行くのは逢路蘭が不穏すぎるし)のかとも思ったけど、永混のアザを見たのはおそらく凛音亞を唆した後。
一応ザクロ直後(=アザを見た直後、メ3)のシーン口ぶりからして、深淵海はこれより前の段階で永混の方を「彼の者(=神?)」と推測していたようだけど……
深淵海の興味の中心は、村に来る前(村人の事情)、村に来た後(永混と逢路蘭の正体)で微妙に変わっているのかもしれない
これまで凛音亞に降り掛かった災難
・厄災で村人がボコボコ死ぬ(共1
・友人が自分の身代わりになる(共2
・実の父と妹が自分を犠牲にしようとしていたことを知る(畏4
・深淵海に妹を殺すよう唆される(畏4
・逢路蘭に儀式に失敗したらみんな死ぬと脅される(畏4
……かわいそう。
・凛音亞「ま、窓に……っ!来たわ、来てしまったのよ!……『あれ』が!」(メ4
この時外にいたのは、村人を心配して来た夜羽那。凛音亞も夜羽那を酷い人間だとは思っていても、夜羽那そのものを恐怖の対象とは思ってない。
この時点ですでに凛音亞のメンタルはボロボロになっているので、幻覚が見えてしまったのか、本当に化け物がいたのかは分からない。でも元ネタ的には正気を失ったことでそこにいる化け物が見えるようになったとかありそう。
見えた化け物が、ただの幻覚なのか、「神」の姿なのか、窓ガラスに映った自分自身の真の姿(鳥)なのかはわからないけど、「窓に!窓に!」の元ネタ『ダゴン』から考えるとの外に見えるのは神?
・逢路蘭「神に神を差し出すなんて、バカだよね」(畏4)
永混=神 と見て間違いないが、儀式の対象である神と永混が同一かどうかは確定できない。ただ、複数の神が村に関わっているという描写もない。
素直に読むなら儀式の対象としての神も永混の正体である神も同じ存在かなー。
ただ、永混としての意思と、神の意思は別に見える。永混が神としての力をコントロールできるなら最初から厄災なんて起きないはず……
・「人の心に値する理解なんて持ってしまったんだろうね」(畏4)
人の心に近いものは得たけれど、心そのものは持っていないように読み取れる。神の持ってしまった「理解」の部分が永混なのかも。
・元ネタ解釈としては、永混をアザトース、逢路蘭をニャルラトホテプと関連して見るのが大方の見方らしい。個人的にも同意
・アザトースは延々と夢を見る存在だから永混の状況とも合うし、ニャルラトホテプとの関連も深い
ハッ!
そういえば本編中の表記「痣」じゃなくて「アザ」……いやまさか……
アザだけにアザトース……ナンチャッテ……
逢路蘭も神か神に近い存在だけれど、厄災や儀式をコントロールするほどの力や権限はなさそう。従者的な存在か。元ネタ(ニャル)よりも無力で、永混に対してより好意的に見える。
・逢路蘭が阻止したのは、幼い深淵海(虚3)とロコ(朗読劇)が廃教会に入ろうとした時と、深淵海が「彼の者」の正体を突き止めようとした時。永混がロコに絵を習うのもやんわり阻止(朗読劇)
「彼の者」の正体を突き止めようとした時以外は、先に忠告したり、やんわりそらしたりと対応は穏やか。「彼の者」=神=永混だとするなら、逢路蘭は神の従者のようなものと見て問題なさそう。
永混が凛音亞に殺されるのは問題ないらしい。止めてないし(畏4)
永混が多少(?)痛い目を見たところで、神本体にとっては些細な問題なのかも。深淵海に対して強硬な措置をとったのは、正体や名前が知られれば、神に危害を加えられるようになってしまうからか。
神降ろしの成功可否については、そこまで執着しているように見えない。村長のことは厄介と呼んでいるけれど、村人や人間をそこまで大切には思ってなさそう(忠告してくれるだけで相当温情だと思う)に見える。
・永混の願いは「みんなと穏やかに暮らせますように」(カードテキスト
ループの原因は、神(=永混)が人の心を理解してしまったから(畏4)だから、ループが始まった原因もゴールもこれ。
みんな=村人全員というよりは、逢路蘭と凛音亞>孤児院の子どもたち>その他大勢、という印象
永混の「みんな」に夜羽那が含まれていなければ(幸いあまり親しくはなさそう)夜羽那が神降ろしを遂行すれば、契約は成るか。ただ、その場合凛音亞が村長になってしまうけど、彼女はその重責に耐えられるのだろうか……
・ループの最後は必ず惨劇
「今回も、結末は変わらなかったけど……それなりに、面白かったんじゃないかな?」畏4
つまり、結末以外は変わっているし、ループごとに多少の変化があるのが普通。
虚4の逢路蘭の反応から、深淵海による村長殺害は必ず起こるイベントではなさそうだけど、現状を大きく変える一手になるほどかと言われると……逢路蘭の反応が薄いからダメそう。