お久しぶりです。おふとんです_(:3 」∠)_<たかざわじゅんすけです
なんかサブタイみたいに後ろの方に【心を殺せ】って書いてあって物騒だな、と感じた人も多いと思うのですが、違うんです、逆なんです。
何も24時間365日、死ぬまで心を殺せと言っているわけではありません。
例えば車の運転をしているとき。
自動運転の導入で話題ですが、車の運転をしている時くらいは心を殺すべきではないでしょうか。
悲しい事故は心があるから起こると思うんです。
人間は心で動く生き物ですから
急いでいるから信号を無視する。
周りに合わせて速度超過をする。
面倒だから安全確認をおこたる。
といったことが起こり得ます。
操作ミスというリスクが残りますが、心を殺してルールを守ればかなりの件数の事故が減るでしょう。大袈裟ですけどね。
ぼくは今の時代こそ「マニュアル人間」が必要だと考えます。
時々、警察官をはじめとした公務員等(個人情報を取り扱うサービス業を含む)に対して、
融通が効かない。柔軟に対応しろ。という意見も見かけるのですが、
彼らが規則に従わないで誰が規則に従うんですか。とぼくは言いたい。
上のような文句をつける人は往々にして先に規則(あるいは期限)を破ってきています。それに対して融通、つまり通すべき義理や人情はありませんよね。
マニュアル通りにやってると時間がかかってしょうがない、という話も聞きますが、逆です。マニュアル通り手順通りにやらないから遅いんです、失敗するんです。
本当にそのやり方の方が効率良いならとうにそのやり方がマニュアルになってるはずです。
上に進言してるけど通らないんだよ!という場合は残念ながらその上の人間が心を強く持ってしまっています。筋を通していくしかありません。筋は通るものじゃなく通すものなんです。
なぜ今回は謎の強気なのかというと、今日は全創作者にアドラー心理学(個人心理学)を身につけてほしいからなのです。
最近は「嫌われる勇気」という言葉だけ独り歩きして都合の良いように解釈する人が多くてごにょごにょ……
概要はマンガでわかるアドラー心理学が詳しいのでそちらを。
ぼくは必要最低限だけをお伝えしたいと思います。
まずは結論を箇条書きで。
人は目的の達成のためならなんでもできる生き物である
全ての批判は無視するべきである
他者信頼、貢献と自己受容が必要である
とりあえずこの3つだけ。
言葉だけ聞くと力強く美しい言葉に見えなくもないのですが、醜くもなる考え方です。
目的を果たすために人は原因を求めます。
原因を作って「やりたくない」という目的を果たそうとします。
「やる気にならない原因」を一つ潰しても新たな原因を作り出すだけです。
今日は眠いから・・・という人は前日熟睡してても今日やらないです。
つまり意志の力だけでは解決は難しいのです。
前回のモーニングルーティンも「毎日続けられるなんて、意思が強いな~」って褒められることもあるのですが、
ぼくの場合、むしろ意志・・・心を殺して機械のように体を動かしてるに過ぎないフシがありますね。
心を殺せない人はどうすればよいのか。
目的のために原因を作る、を逆手に取りましょう。
人は目的のためなら何でもできるんです。「やりたくない」という目的よりも大きな「成し遂げたい」目的を持って突き進むしかありません。
あなたはどんな「原因」を持ってどんな「目的」を果たしますか?
批判って誰でもできるんですよ!(クソでか大声)
どんなに優れた作品にたいしてでもそのへんの有象無象の人間ができること、それが批判です。
酒飲みながら政治のニュースやスポーツ中継見て「何やってんだよ!・・・ったくよー俺だったらこうするのによ~!!」ってやつ。それが批判です。
責任が伴ってないでしょう?口だけならどうとでも言えるんです、技術や知識がなくても。
言うこと聞きます?ぼくは聞かない。
どうせ何やっても批判を受けるのならまずは動いたほうがいいです。
そして反対に、自分も責任を伴わない批判をするべきではありません。
それはただの嫉妬か、逃避行動です。
「でもさ、人の意見を聞かないと独りよがりの作品になるじゃん」
おっしゃるとおり。それなら批判よりずっと良いものがあります。評価を受けましょう。褒めるのって難しいんですよ。褒めるという行為は必ず上から目線になってしまうし、褒められた内容について本人が喜ぶかどうかはわかりませんから。
だからそれをしてくれる人ってめちゃくちゃ貴重な人なんですよね。同じ批判でもこの評価もセットになった批評なら受け入れる価値が高いと思います。
後述しますが、評価は自分からもどんどん行うべきです。良いところを探すことは自分の力を伸ばすためにも必ず役に立つテクニックになるはずです。
「それでも、自分の作品をもっといいものにするために悪いところが知りたいんだ!」
なんてストイックなんだ・・・
でもね、そんなうまい話はないんです。価値のある意見を聞くにはそれなりの対価が必要です。
有料の添削サービスを利用しましょう。
これらには代金という責任が伴います。自分の作品をより良くするための投資と思えば安いものだと思います。
また、便利な時代になったもので今は職業イラストレーターの人たちがYou Tubeチャンネルなどで添削作品を募集していることがありますので、応募してみるのも一つの手ですね。
彼らは当然、イラストレーターの肩書という看板(=責任)を背負ってやっていますから。
Nobody is perfect.(誰も完全じゃない)って言葉がありますね。前述した誰かを褒めることは積極的にやるべき理由はここにある。
「自分が持っていないものを持っているからそれを持っているあなたはすごい。だからぼくはうれしい。」
これです。これが歪むと
「あいつは俺が持っていないものをもっているからずるい。だからあいつは、この作品のここがダメだ。」
とか言い出す。(支離滅裂な思考・発言)
でもよく考えてください。
前者の考え方ができると批判っていらなくないですか?
だって、自分が持ってないもの、足りないものが他者の作品から拾えてるじゃないですか。
だから安心して他者の作品を褒めていいんです。そうすると自分に必要なことが見えてくるから。自分の作品をより良くしたいなら他者を、他者の作品を信頼してよく見ることが必要です。(※変な話、自分の作品の悪い点、足りない部分を他者の作品を通して学ぶ、他人の作品に任せること)これが他者信頼。
「褒めるポイントを間違えて相手を傷つけたり嫌な気持ちにさせたりしないかな」
あるかもしれませんね。でもそれで嫌われても気にしないでください。
だってしょうがないじゃないですか。「いいと思った、だから褒めた。」それだけでしょう?
(わざと変なところを褒めて、嫌がらせしてやろう?それはもう自分の作品をより良くするという「目的」からも外れてますし、もはや批判です。)
結果的に相手に喜んでもらえなくても、良いと思ったんだから仕方がないですよ。嫌われることを恐れずにどんどん褒めていきましょう。それは自分以上に、相手のためにやることなんですから。
(※これを「嫌われる勇気」と言いますが、言葉だけが独り歩きして昨今ではわざわざ嫌われることをするのをよしとする風潮があったり、嫌われてもいいから批判するべきとかいう風潮があったりして本当に迷惑。)
同時に、他者が持っていないものを自分が持っている可能性があることを忘れてはいけません。Nobody is perfect.
たとえ評価が得られなくても作品を生み出し続けること。他者信頼を続けていれば自分の作品はどんどん良くなっていきますし、今の時代、SNSに投稿して閲覧者が0人、何てこと殆どありません。もしあったとしたら流石に宣伝不足です。がんばって。
そしてあなたの作品を見て喜ぶ人が1人でもいたらもうそこには価値が生まれるんじゃないですか。これが他者貢献です。
そして、他者信頼を繰り返して自分を伸ばし、他者に感謝される。他者貢献を繰り返して他者に感謝される。その一つ一つを積み重ねて自分自身の価値を受け入れる。これが自己受容です。
自己受容ができずに枯れていく創作者は少なくありません。自分の価値を他人に決めさせた人間の成れの果てです。自分のために始めた創作をいつしか他人の批評に依存してしまうのでしょう。
ぼくはそうして優れた創作者が枯れていくことが一番悲しい。
心を殺せ、の意味。少しは伝わったでしょうか。
・心を殺して失敗を防ぎ、効率化する
・心を殺して習慣を身につける(怠惰を殺す)
・心を殺して批判を無視する(恐れを殺す)
・心を殺して評価をする(恥を殺す)
・心を殺して創作を続ける(承認欲求を殺す)
他にもぼくは競争をやめている話や人生のゲーム化の話なんかもしたいのですが話がブレブレになるので別の機会にします。
それではまた。_(:3」∠)_