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生成AIの間接利用に関して考えていること

最近の様々な生成AIを取り巻く話題を見て、おそらく今書く事にも意味があるだろうと思い、改めて自分なりの考えを書き記しておくことにしました。

前提として、現状主流になっている生成AIの知識についてはここで触れませんので、それについてはご自身で関連資料などに目を通して頂いた方が良いかもしれません。


<前置き>

現状では否定寄りという基本的なスタンスは前の記事から変わっていませんが、そこから更に私の個人的な認識を書いた内容になります。

また、どちらかというと絵のお仕事で報酬を頂いてきた立場を強く意識したお話であり、その上でもおそらく多くの方にとって共感しにくい内容の筈ですので、興味のある方だけ目を通して頂ければと思います。

尚、この記事に関して意見を頂いても、おそらく反応は致しません。


<本題>

今回は主に間接的な利用、例えば素材にするのではなく参考にするという使い方についてです。最近になってそういった形であれば問題ないというお話を見るようになりましたが、これに関して、私は現状では間接的な利用に関してもNGという立場です。


理由については以下の通りです。


例えば流行りの絵を参考に自身の絵柄を変えようとした時、これまでのように相手が人であれば、参考にした方々の存在に望む望まないに関わらず確実に触れる事になります。

個人差はあるかもしれませんが、絵を描く方ならそういう過程を経て誰かの名前を強く意識したり、そこから覚えるケースもあったと思います。


ですが、今主流になってる無断学習のデータセットを用いた生成AIによる生成物を同じような目的で利用するのが当たり前になると、そういった個々の名前を意識する機会は確実に減ります。

リスペクトのある無し以前に、それは学習元になった本人(あるいは複数の作家)にとっては知名度の上昇や存在の意識という点でも損失になる筈です。

どれだけ考えても、それがこれまでの誰かの作品を普通に参考にする事と変わらないとは考えられませんでした。


直接的な利用と比べれば体裁は整っているとしても、お仕事として創作に携わる方々の間でそれが沢山積み重なった時、その先で良い影響があるとは思えないのです。


また、生成AIを通す事で著作権が曖昧になるから背景や塗りの時短の素材として使い易くなるという考え方も、前提として既存の創作物が土台になってる事を考えると長期的に見た作品の価値の保護という観点でどうしても抵抗があります。


学習元の開示、学習の際の還元、また生成AIの利用の明記等が適切に行われる環境であればそういった懸念も薄くなるでしょうし、それが今抱えている問題を解決する為の一つの指針だとは思いますが、現状ではまだその段階にはなっていないはずです。


<終わりに>

私が潔癖症すぎるのかもしれませんし、杞憂なのかもしれません。

絵に携わる方が今敢えて生成AIを利用するという事であれば、何か考えあっての事だとは思います。

その事を考えると私にはこの記事で書いた内容を他人に強いる事は出来ませんが、

この記事が現状の環境が抱えている問題を考える一助になれば幸いです。

また願わくば、様々な話題が飛び交う中で、本来は何が問題視されているのか、どういう過程があって今があるのかについても改めて知る切欠になれれば嬉しいです。



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