内容:挿絵入り小説本編+彩海珊瑚プロフィール
【本編】
―あの日も丁度、こんな日だった―
彩海珊瑚(あやみ さんご)が販売部から事業企画部に異動してきたのは2年前。当時、珊瑚はまだ入社2年目だった。
新卒で株式会社ルナトリートに入社し、1年目から介護施設を中心に売り上げを伸ばし、自社製品の販路拡大に貢献した。しかし、「営業ではお客様のお悩みの本質的な解決には繋がらない。」という珊瑚の強い希望により、事業企画部へ異動。永平啓介(ながひら けいすけ)のもとで商品企画、マーケティングを担当することになった。
「明日から、よろしくお願いします!」
会社に一人残って仕事を片付けていた啓介に、珊瑚はにこやかに挨拶した。
「あ、聞いてる聞いてる。彩海⋯⋯"さんご"さんで合ってますよね?」
「はい、変な名前で、すみません(笑)」
「いやいや、めっちゃ良い名前だと思うよ。てか、すごいですね、営業実績のこと、聞いてるよ。」
「いえいえ、そんな!!素敵なお客様に恵まれたんです。私だけの力じゃ、全然⋯。」
「その上、部署異動か。いや、後輩だけどすげぇなって思いますよ。俺は新卒で入って5年、ずっと商品開発だから。他の部署に行く勇気なんて無いなぁ〜。」
明るく、ハツラツとして、それでいて知性的な雰囲気も感じられる。
そしてとにかく顔が可愛い。
それが啓介の持った珊瑚の第一印象だった。
珊瑚と仕事をしていくことに、少なからず胸を高鳴らせていた。
事業企画部での珊瑚の働きぶりは、啓介が期待した以上の物だった。
振った仕事はだいたいその日のうちに終わらせ、業務をため込まない。
ミーティングが停滞してしまう時は論点を整理して、会議時間の短縮をさせつつ議題の落としどころを見つけ出す。
分からないことは聞いてくるが、啓介が忙しい時は一旦置いておいて別の仕事を進め、啓介の邪魔をしないなどの気配りもできる。
超人的な仕事スキルがある訳でないが、持ち前のコミュ力と仕事中のちょっとした気配りが事業企画部の業務効率を上げていっているのが啓介自身にも分かった。
「本当ですか?!⋯⋯ぜひ、その話、引き受けさせてください⋯⋯!」
珊瑚が事業企画部にやってきて1年半が経過した頃、啓介に株式会社ルナトリート最大の商品であるバスソルト『ルナソルト』の新フレグランス開発の話が来た。
ルナトリートは今や食品部門、化粧品部門、化成部門と様々な分野に展開しているが、そもそもは入浴剤で大きくなった会社である。
『ルナソルト』はバスソルトとしては国内トップのシェアを確立していると言っても過言ではない。
そんな会社を代表するブランドの新商品開発の担当とあれば、断る理由はないし、ほぼ間違いなく出世への大きな足がかりとなる。
「すごいです!永平先輩、おめでとうございます!」
「いやいや、彩海さんがサポートしてくれたお陰だよ。これからもっと忙しくなるけど、引き続きよろしくね。」
「はい!なんでも言ってください!」
仕事への意気込みは十分だった。
しかし、ここから半年、人生一番の大仕事に啓介は苦戦を強いられていく。
啓介は『ルナソルト』だけでなく、住居用洗剤のマーケティングも抱えていた。
単純に仕事量が多いのもあるが、研究部門、化学薬品業者、販売部門、小売店など、とにかくミーティングが多く、予定のブッキングが難しかった。
ただ、なんとしてでも新商品開発を成功させたいがために、無理なスケジュールを組んでしまっていた。
睡眠時間は1日平均3時間。
食事以外の時間は常に仕事をしているような状態。
「永平先輩⋯⋯昨日頼まれてたリストのまとめ、できました。」
「あ、⋯あぁ、彩海さん。ありがと。とりあえずその辺置いといて。」
「あ、はい。⋯あと、たぶんこの前リストアップした香りサンプルのHPLC発注、まだできてないですよね?」
「えっ?⋯⋯あ、そっか!発注忘れてた!!!やばい!」
「今日、サンプル送れたら、次の会議までにはギリ間に合うと思います!私やっとくんで、先輩はとりあえず今の仕事進めといてください。」
「すまん、本当すまん!!たすかるわ!」
常にギリギリの状態。
しかし、珊瑚のフォローがあるお陰でなんとか仕事を進められていた。
そして、膨大な仕事量をなんとかこなし、遂に社長も混じえた新商品サンプルのプレゼン当日を迎えた。
必死で考え、駆け抜けてきた地獄の半年間。
この日のプレゼンで全てが決まる。
そんな人生で一番重要な日。
永平啓介は寝坊した。
~~~~~~~~~~~
スマホを開くと、珊瑚から10回以上の着信が入っていた。
(は⋯⋯?え?なにこれ、どういう状況⋯?)
現在の時刻は9:50。
会議の開始時刻は10:00。
身支度をして会社に着くまで、どれだけ急いでも30分はかかる。
遅刻は確定⋯⋯。
『とりあえずプレゼン資料、私のアドレスに送って貰って良いですか?先輩が来るまで出来る範囲でプレゼン進めとくので!』
珊瑚からメッセージが届いた。
大事な日に大寝坊をかましたどうしようもない悔しさで、自室で軽く暴れた後、急いで珊瑚のアドレスにプレゼン資料のファイルを添付してメールした。
(くそ!なんでよりにもよって!!⋯⋯でも、まあとりあえず彩海さんに感謝か⋯⋯)
半年間にわたる寝不足と不規則な生活リズム。
そのしわ寄せが来てしまったことに絶望しながら、スーツを着て、簡単に髪型をセットし、玄関から飛び出した。
予めアプリで手配したタクシーに乗り込む。
「八ヶ谷2丁目1-6、ルナトリート本社ビルまで!急ぎでお願いします!」
しかし、このタクシーという選択もミスだった。
まさかの渋滞とドライバーが道を間違えたことで、更に遅刻。
啓介が本社ビルに着いたのは10:50。
会議が始まって既に50分が経過してしまっていた。
(くそ!くそ!くそ!あのタクシードライバー!お前のせいでロスした20分が俺にとって何千万の損失になるか分かってんのか!)
心の中で毒づきながら、急いでエレベーターに乗り込み会議室のある6階のボタンを押す。
「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ」
走って汗にまみれ、ボロボロの状態で息を切らす啓介。
2⋯⋯
3⋯⋯
4⋯⋯
エレベーターの階数表示が無限に長く感じる。
5⋯⋯⋯⋯
ぴんぽーん
そして6階に到着し、扉がゆっくりと開いた。
すると、
「あっ⋯⋯⋯永平、先輩」
啓介の目の前。6階エレベーターホールには、何故か珊瑚と事業企画部長が立っていた。
「彩海⋯さん、あれ?なんでここに?⋯ていうか、会議は!?今どこまで進んでる!?!せめてフレグランスのテーマと香料製造工場のとこだけでも俺が⋯⋯」
「落ち着いてください、先輩⋯⋯⋯あの、会議、さっき終わっちゃいました⋯⋯。」
「⋯⋯え」
珊瑚の言葉に一瞬頭が真っ白になる啓介。
「は、え?⋯⋯ん?⋯⋯俺がいないとプレゼンって無理だよな。延期になった⋯?」
問いかけとも、独り言とも思える啓介の言葉に、珊瑚の横に立っていた事業企画部長が口を開いた。
「永平。プレゼンは全部、珊瑚がやってくれたよ。」
「え⋯⋯っ⋯⋯はぁ。」
「役員も忙しいから、永平が来るまで待ってられない。珊瑚は永平の仕事一緒に進めてくれてたからな。新商品のことも工場との連携のこともしっかり説明してくれたよ。」
(彩海さんが、全部プレゼンやった⋯⋯?入社3年目の女社員が社長や取締役に⋯⋯?は?は?そんなの、ヤバすぎないか?)
社会人3年目という短いキャリアで社長や役員相手に会社の一大商品のプレゼンなんてできるはずがない。
それを許したであろう部長にも腹立たしい気持ちだった。
「あの⋯⋯簡単な物で良いんで、流石に何かしら俺の口から説明する機会、作って頂けませんか?これから仕事をする上で俺と上部の間に認識の食い違いがあると良くないですし。」
その啓介の言葉に部長は軽くため息をつくと、困ったような、呆れたような顔で答えた。
「あ〜、そのことだけど、新商品の件は全部珊瑚に引き継いで。」
「⋯⋯へ?」
部長の口から発された信じられない言葉に気の抜けたような声が漏れ出る。
「新商品の開発担当は永平から珊瑚に切り替えるってこと。だからもうお前はそんなに首突っ込まなくて良いよ。」
「い⋯⋯いや、え⋯⋯だって、俺は7年間ずっと事業企画部で頑張って、今日までだって本当にずっと⋯⋯必死にやってきて⋯⋯⋯。こ、コイツはウチに来てまだ2年ですよ?!まともに引き継げる訳ないじゃないですか!」
「いい加減にしろ!そもそも『ルナソルト』の会議に遅刻ってのがあり得ねぇんだよ!それに、お前の資料、精油成分を川島香料に依頼するようなこと書いてたけど、あそこでウチの下請けの製造量分賄えるわけないだろ!?今日の会議で珊瑚が営業時代にパイプ作ってくれた伊藤フレグランスに頼むってことで方針決まったから、もうお前の出る幕は無ぇんだよ!」
「っ⋯⋯!」
言葉が出ない啓介。
それは部長の剣幕もだが、それ以上に自分の資料の不十分な所を新人の珊瑚がより良い形に改善してプレゼンしたという事実が何よりショックだった。
すこし気まずそうに、珊瑚が口をはさむ。
「あ、あの⋯⋯先輩、ごめんなさい。先輩の仕事引き継ぐ代わりに、私の仕事を先輩にお願いする事になると思います。よろしくお願いします。」
(⋯⋯っ!⋯⋯俺の仕事を奪いやがって⋯⋯くそっ、この女、もしかして最初からそのつもりで⋯⋯っ!)
珊瑚と啓介の実質的な立場の入れ替わりに徐々に怒りの感情が湧き上がってくる。
「⋯⋯っざけんなよ⋯⋯。」
俯く啓介の肩を部長がポンと叩く。
「声荒げて悪かったな。もう終わったことだし、永平のことを評価してない訳じゃない。ただ、こっからは外ともパイプがある珊瑚の方が適してるし⋯⋯まあ、なんとか飲んでくれ。」
そう言って部長はオフィスへと戻っていった。
「先輩、これ、私のやってたマーケの資料入ってます。また後で引継ぎ内容メールしますので。⋯⋯じ、じゃあ、失礼します。」
珊瑚は啓介にUSBを押し付けるように渡すと、部長の後を追うようにその場から立ち去った。
~~~~~~~~~~~
啓介の寝坊から2週間が経過した。
珊瑚も啓介も仕事の引継ぎが終わり、それぞれの仕事を始めている。
啓介は珊瑚から引き継いだ仕事量の多さに少し驚いていた。
(あいつ、この量の仕事をこなしてたのかよ。残業してるところもほとんど見たことないのに。)
他人から引き継いだ仕事で、まだ慣れていないのもあるかも知れないが、啓介は珊瑚の仕事を残業無しでは片付けきれなかった。
一方で珊瑚の方は、啓介から引き継いだ『ルナソルト』の開発を順調に進められているようだった。
オフィスの休憩室で啓介がコーヒーを飲んでいるところに、珊瑚が他の女性社員と談笑しながら入ってきた。
啓介の姿に気づいた珊瑚は一瞬気まずそうな顔をするが、すぐ同僚との会話に戻った。
「てか珊瑚ほんと凄いよね。『ルナソルト』もうほとんどできてんでしょ?」
「う、うん。あと販売部と広告や商圏の打ち合わせあるけどね。」
「いや、まじで凄いよ〜。しかも、部長と仕事できるのも羨ましい!毎日目の保養じゃない?」
「ま、まあね〜。⋯⋯あ、あのさ、全然関係無いんだけど、アタシちょっと前からジム通っててさ。」
啓介のいる部屋で仕事の話をするのが良くないと思ったのか、無理矢理話を逸らす珊瑚。
「なかなか良くない?ほら」
珊瑚が右腕を曲げると、鍛えた女性らしい可愛い力こぶが盛り上がる。
「え?普通にすごくない?どこのジム?」
「なんかね、想像してるのとはちょっと違う感じのジムかもしれないけど。レスリングジムXAGって言って、レスリングとかで使う筋肉を鍛えていく感じのジム。」
「え、レスリング〜?珊瑚そんなのやるんだ。」
「けっこう楽しいよ?女の子もいっぱい通ってるし、プロテインカフェ併設してるんだけど、そこがオシャレ!」
「え〜、ちょっと気になるかも」
「これ、ジムのインレタ。かわいくない?」
「え、このフラペチーノ、プロテインなんだ!めっちゃかわい〜!」
そんな珊瑚と同僚の会話を聞きながら、苛立ちを募らせる啓介。
(っるせえな。周り考えろよ。てかジムってなんだよ⋯⋯。そんな暇あったら仕事進めろよ。これだから女は。仕事に対する意識とか危機感が低すぎるんだよ。)
心のなかでぼやく。
しかしそれは悔しさの現れでもあった。
啓介が『ルナソルト』の仕事を進めていた時は、趣味の時間はおろか睡眠時間もあまり取れなかった。
それなのに珊瑚は、いきいきとして、ジムにも通って、日々を充実させている。
同じ仕事でをやっていてもこれほど状況が違う。それは、7年事業企画部にいる啓介よりもまだ2年目の珊瑚の方が仕事ができるていることを示していた。
(くそっ⋯)
啓介はバンっ!!と机を叩いて立ち上がった。
休憩室にいた社員達がギョッとする。
静まり返る休憩室を足早に去っていった。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
「お疲れ様で〜す。」
就業時刻となり、他の社員達が帰っていく中で、啓介は一人残って仕事をしていた。
だだっ広いオフィスにぽつんと残って仕事をしていると、そこに珊瑚が入ってきた。
「あ、先輩。⋯⋯お疲れ様です。」
―あの日も丁度、こんな日だった―
(みんな帰ったオフィスで俺だけ残って仕事してた。そしたら、彩海さんが入ってきたよな。)
2年前、まだ入社して1年しか経っていない珊瑚が事業企画部に異動してきた日も、二人きりだった。
まだ右も左も分からない珊瑚に、啓介は仕事を教え、引っ張っていく立場だった。
しかし今はどうだ。
啓介の仕事は珊瑚に奪われ、立場は逆転した。
「あの先輩、今日、すみませんでした。」
「⋯⋯何が?」
「いや、あの、休憩室で私、うるさかったですよね?」
「⋯⋯ん?⋯⋯何?わざわざ俺にそれを言いに来たの?」
悔しくて情けなくて、以前のように珊瑚に優しい態度を取れない。
「いや、えっと⋯⋯。私が『ルナソルト』の開発をやる代わりに、私の仕事を先輩にさせてしまってるから⋯⋯。もし大変だったら、私、全然教えてあげますし、手伝ってあげますからね?」
「⋯⋯⋯⋯別にいいから。そういう気遣い。⋯⋯仕事終わってんなら帰りなよ。」
「あ⋯⋯マーケティングの資料作成、けっこう良いソフトあるんですよ。たしか先々週引き継いだ時にもお伝えしたと思うんですけど、あれ使えば⋯」
「るせぇな!!!」
仕事の遅い啓介を思って、効率的に仕事を進められるようにする為のツールを教えようとする珊瑚。
しかし、今の啓介には逆効果だった。
「なんなんだよ!!さっきからベラベラベラべラ"教えてあげる"とか"手伝ってあげる"とか!!仕事できない俺への当てつけかよ?」
「え、そんな!!違いますよ!私は、ただ先輩の⋯為に⋯⋯」
「は?本当に俺の為を思うんなら、なんで俺から仕事奪ったんだよ!?」
「いや、奪ったって⋯⋯あれは先輩が寝坊したのが原因じゃないですか!」
オフィスは二人きり。
二人の口論を止めてくれる人間はおらず、どんどんヒートアップしていく。
「は?⋯⋯確かに俺は寝坊したけど、でも社長プレゼンまでの一番しんどい所を俺一人にやらせといて、寝坊したら全部俺が原因?毎日寝る時間もなく俺を働かせてたのはお前らじゃねぇのかよ?」
「一番しんどい所を一人でやったって⋯⋯サンプルのリストづくりや精油成分のまとめ作業はアタシがやったし、なんならプレゼンをやったのだってアタシですよ!!?寝る時間もなく働かせたとか言って人のせいにしてますけど、そもそも仕事を受けたのは先輩じゃないですか!!」
「っ⋯⋯」
「できもしない仕事抱えて、勝手に自滅して人のせい?ふざけるのも大概にしてくださいよ。さっき"仕事できない俺への当てつけか?"とか言ってましたよね?⋯⋯よーく自覚できてるじゃないですか。先輩、私より仕事できないんですよ!」
それを聞いた啓介の怒りが遂に限界を迎えた。
「お前⋯⋯生意気なんだよ⋯⋯!女がふざけたことヌかしてんじゃねぇぞ!」
「え、きゃあ!」
啓介は勢いよく立ち上がると、珊瑚に掴みかかり、床に押し倒す。
その拍子に珊瑚のパンツのポケットからUSBメモリが出てきた。
「⋯⋯⋯⋯知ってるぞ、それだよな?」
そのUSBは啓介も珊瑚に仕事を引き継ぐ時に見ている。
『ルナソルト』に関する資料が入ったUSB。
(やば⋯っ!)
珊瑚は咄嗟に腕でUSBを弾いて啓介から遠ざける。
が、すぐに啓介もUSBに向かって行く!
啓介が何を考えているか分からないが、少なくとも自分のUSBを奪おうとしていることは確か。
USBに向かって四つん這いで手を伸ばす啓介の服を掴むと、引っ張る。
「くそっ!テメェ邪魔すんな!」
「それは渡さないっ!」
床でもつれ合う二人。
すんでの所で珊瑚がUSBを掴むと、すぐさま立ち上がって啓介と距離をとった。
「はぁ⋯はぁ⋯⋯っ仕事でも口でも勝てないからって暴力ですか?先輩。」
「ハァ⋯ハァ⋯⋯お前が手柄を横取りしたんだ。ほら⋯ハァ⋯⋯ハァ⋯⋯よこせよ、USB。」
「本当に分からない人ですね。やっぱりアナタみたいな人、こんな大事な商品開発に関わらせちゃいけないって今ハッキリ思いました。」
珊瑚はUSBを横のデスクにおくと、足を肩幅に広げて腰を落とし、両手を脱力させた状態で顔の前に持っていった。
ジムで習ったレスリングの戦闘態勢。
「はは、やる気か?俺と。」
「⋯⋯っ!」
二人きりのオフィス。
男と女の戦いが始まろうとしていた。
~~~~~~~~~~~
構えてみたは良いものの⋯
(通い始めてまだ1ヶ月半。ちょっとだけ筋肉はついたけど、戦い方なんてほとんど知らない⋯。勝てるかな?私。)
ファイティングポーズをとる珊瑚に対して、啓介はゆっくりと距離を詰める。
身長で言えば170cmの啓介と155cmの珊瑚。
特に運動もしておらず細身な啓介であるが、15cmも高ければ、珊瑚にとっては十分すぎる威圧感があった。
「⋯⋯自分より小さい女の子相手にそんな威圧的で、恥ずかしいと思わないんですか?」
「好きに言ってろよ。奪われる屈辱を、教えてやるよ。」
啓介は、珊瑚に組み付く。
性差と体格差から、再び珊瑚が押し倒される展開になる
と、思いきや⋯⋯
珊瑚はぐっと踏ん張って耐え、啓介の首に腕を回すと啓介の頭を小脇に抱え、体勢を崩させた。
「な?!」
小柄な珊瑚を簡単に倒せると思っていた啓介。
驚いた様子で動きを止めてしまう。
(あ、今!)
珊瑚はヘッドロックのような状態で体重をかけて押し潰すそうとする。
「クソッ!!」
しかし、啓介も潰されまいと両足でしっかりと踏ん張って耐える。
「⋯⋯っ!」
組み合う展開において、"格闘技経験がある人間が強い"というのは万人が持つ共通認識だが、それは決して格闘技術を持っているからということではない。
相手と実際に組み合って、どの程度の力をかければ相手を制圧できるのか、どこに重心を置いていれば倒されにくいのか、それを感覚的に分かっていることが、まず未経験者との大きな違いだ。
そして組み合いで必要になる力というのは、未経験者が想像するよりもずっと強い。
技術の話はその後だ。
今この場において、珊瑚はそれを知っている。
珊瑚の格闘技経験は僅か1ヶ月半。
レスリングの技なんてほとんど知らないが、それでもジムの女性と組み合い、戦いにおいてどれだけの力をかけないといけないのかを感覚的に理解している。
一方の啓介は格闘技に関しては未経験。
全く踏ん張れていない。
珊瑚の力に対して、今の啓介の抵抗ではまだ弱い。
(いける⋯⋯!このまま、潰せる⋯⋯!)
このままではまずいと思ったのか、全身に力を込めて必死に踏ん張る啓介。
しかし、既に腰が曲がり切っており、有利な体勢を作ることができない。
(クソッ⋯⋯なんだコイツ、女のくせに⋯⋯っ)
静かなオフィスに「はあ、はぁ」と二人の呼吸のみが響く。
次の瞬間、珊瑚が右足を啓介の左足に引っ掛ける。
「おっ⋯⋯おっあっ、あぁああ!」
ヘッドロックで腰を曲げられ前重心になっていたこともあり、啓介は容易にバランスを崩し、倒れ込んだ。
ドスンっ⋯⋯
啓介の格闘に対する油断と無知が招いた結果。
それでも珊瑚は、自分よりも大きく、そして男である啓介を床に組み伏せてみせた。
(いけた。男の人を倒せた⋯⋯!)
自信をつけた珊瑚に対して、啓介は焦る。
(くっ⋯⋯踏ん張ったのに、敵わなかった⋯⋯?⋯⋯なんで⋯!?)
「はぁ⋯はぁ⋯先輩、終わりですか?」
「っハァッ⋯⋯ハァッ⋯⋯ハァ、良い気に⋯⋯なってん⋯⋯⋯じゃ、ねぇぞ。」
今度は二人床の上でもつれ合う。
そしてここでも体格で劣るはずの珊瑚が優位に立つ。
ヘッドロックの状態から、啓介の上を取るような体勢に移行し、啓介の頭を自身の胸に引き寄せ、ブレストスムーザーのような体勢に。
柔らかな双丘が啓介の顔面を覆う。
香水の香りと、胸の谷間に溜まった汗の香りが混ざって啓介の鼻の奥に流れ込んでくる。
「はぁっ⋯はぁっ⋯ほら先輩、上取られちゃってますよ?」
女相手に床に押さえ込まれ、たまらず手足をジタバタさせてしまう。
「どうしたんですか?そんな力で返せると思ってるんですか?」
(なんだコレっ!?!返せねぇ⋯っ!クソがっ!!)
可愛い後輩の女性社員の胸を顔面に食らう、普通なら全男性社員が憧れてしまうシチュエーション。
しかし、今の啓介にとって珊瑚は仕事を奪った憎い相手。
胸を顔面で堪能できる喜び以上に、そんな相手に押さえ込まれている屈辱感の方が強かった。
「どう?先輩。そういえば仕事中も私の胸チラチラ見てましたよね?もしかして今喜んじゃってんじゃないですかぁ?キモ。」
(うるせぇ⋯⋯っ、自意識過剰女がっ)
そう言い返したいが、口が胸で塞がれて言葉にならない。
「〜〜っ!ーーっ!!」
「ねぇ、先輩。認めます?自分の負け。」
(クソっ⋯⋯負けを認めるなんて、冗談じゃない。でも、このままだと⋯⋯やばい⋯⋯)
そろそろ呼吸も苦しい啓介。
珊瑚のブラウスの首元部分を掴むと、思いっきり引っ張る。
「なっ、きゃあ!!!⋯⋯ちょ⋯っと、やめて、くださいっ!」
そして、
ビィィイイイイ!!
「いやぁぁああああんっ!!」
強い力で引っ張られた珊瑚のブラウスが裂けてしまった。
ブラウスが破れると同時に、ブレストスムーザーの体勢も崩れ、啓介に呼吸の自由が与えられる。
「ぶはっ⋯⋯!!っっはぁぁっ⋯はぁ、はぁ、はぁ、はぁ」
追撃を警戒し、急いで距離を取る啓介。
「最っ悪!」
一方で珊瑚はブラウスが破れ、ブラジャーが丸見えの状態。
涙目で啓介を睨みつけていた。
「はぁ⋯⋯はぁ⋯⋯は、ハハっ。良いザマだよ。」
「⋯⋯正々堂々戦っても勝てないから、こういうことするんですね。」
「⋯⋯は?⋯⋯ふざけたこと⋯言ってんじゃねぇよ。」
珊瑚は小さくため息をつくと、パンツの前ホックを外した。
「はぁ⋯⋯もういい!」
珊瑚は破れたブラウスとパンツを脱ぎ始めた。
「ホントはあのままアタシが勝ってたはずだけど、服のせいで勝ちきれなかった。もうアタシも本気で戦うんで、どっちが強いのかちゃんと決めましょうよ。負けたら先輩の言う事なんでも聞いてあげる。⋯⋯でも、もしアタシが勝ったら、先輩はもう二度とアタシの言う事ややる事に口出ししないでください。」
それに対して啓介も珊瑚を睨みつけながら、右の口角を上げる。
「はぁ⋯⋯はぁ⋯⋯ホントは勝ってたはず?⋯はぁ⋯⋯はぁ⋯⋯俺が女相手に本気になれてなかった事も知らないで何言ってんだよ。自分の言ったことだ。守れよ?俺が勝ったらなんでも言いなりになれよ?」
「⋯⋯絶対負けないから⋯。」
~~~~~~~~~~~
二人の勝負は再び立ちの状態で仕切り直し。
しかし、最初に向かい合った時と状況は異なる。
男女の違い、体格差があっても、ここまで戦いを優位に進められた珊瑚は自信の現れか体を開きを、下着姿で堂々と仁王立ちのように力強く構えている。
一方の啓介は、まだ呼吸が整っていない状態。
当然と言えば当然。
普段運動をしていない大人が突然走れば横隔膜が痙攣して横腹が痛くなる。
走っただけでもそうなるのに、日常生活では使わない様々な筋肉を使う格闘となれば体への負荷はそれとは比べ物にならない。
更に、ここまでの戦いで攻め込まれているのは啓介の方で、特にブレストスムーザーによる体力消耗は大きかった。
「大丈夫ですか?息、上がっちゃってるみたいですけど。」
「別に、そこまで上がってねぇだろ。」
「ふーん⋯⋯。まあ、アタシはまだまだ余裕だからいいけど。⋯⋯それから、先輩も服脱いでください。」
「⋯⋯は!?なんでだよ?」
「女が脱いでるのに自分は恥ずかしいんですか?」
こういう場において、堂々としていられるのが女。プライドを捨てきれないのが男というものだ。
「お前が勝手に脱ぎだしたんだろ⋯⋯。」
「怖いんですか?服が無いと。⋯⋯ああ。まあ、そうですよね。服着てたら負けたとき、服が邪魔でうまく動けなかった〜とか言い訳できますもんね。」
「は?そんなこと思ってねぇよ。」
「ふーん、じゃあ脱いでくださいよ。」
珊瑚に挑発され、啓介もしぶしぶ服を脱ぐ。
お互い下着姿のほぼ裸の状態。
ここからの戦いで本当に強いのがどちらか決まる。
オフィスで睨み合った状態のまま、静寂のみが流ていく。
「⋯⋯今度はやけに慎重ですね。まあでも、ビビっちゃうのも仕方ないか。さっきはもうほとんどアタシの勝ちでしたもんね」
「チッ⋯⋯さっきからペラペラペラペラ。うるせぇんだよ!」
(クソッ⋯⋯。なんでこんな女相手に乱されてんだ俺⋯⋯。体格でも勝ってるし、負ける理由なんて無いだろ。)
多少の油断があったとはいえ、自分よりも小柄な年下の女性に倒され、失神寸前まで追い込まれてしまったという事実が頭をよぎる。
目の前にいる下着姿の女。可愛らしい顔立ちにスラッとしているのにムチムチとした肉感も併せ持ったエロい体。
男の本能に従えばすぐにでも押し倒して好きなようにしたいと思うのが当然。
それなのに一歩踏み出せない。
(コイツは俺の仕事を奪って、俺のキャリアを破滅させた女だぞ?!このまま舐められてていいのかよ!やるしかないんだ⋯⋯!)
それでも、どうにか自分を奮い立たせて珊瑚に向かって行く。
ガッ
啓介が珊瑚に組み付くと、珊瑚も啓介の肩を掴むような形で、お互いに組み合いになる。
珊瑚は腕を内側から組んでいる。ジムで教えられたレスリングの組手の基本だ。
珊瑚は両肩を掴んだまま、啓介の体を押す。
「力、こんなもんですか?勝っちゃいますよ?アタシ。」
「このっ⋯⋯舐めてんじゃねぇぞ!」
啓介も負けじと押し返す。
と、その時、珊瑚が両手を啓介の肩から二の腕に移動させ、グッと引っ張った。
「おっ、わっ?!わっ!おわ!!」
自分が押したタイミングで引っ張られてしまい、啓介はバランスを崩して前側に倒れる。
うつ伏せで倒れたところに、すぐさま珊瑚は上からのしかかる。
(よっし!ジムで習ったレスリングの崩し、できた!)
そして腕を啓介の首に回し、スリーパーホールドの体勢に。
(やばいっ⋯)
これに焦る啓介。
ここで総合格闘技や護身術の経験のある者であれば、スリーパーホールドを決め切られる前に自分の手を顔と相手の腕の間に入れ込んで回避体勢に入るが、啓介にそんな経験はなく、まず何をすれば良いのか分からない。
とにかくスリーパーホールドから逃れようとうつ伏せのまま匍匐前進のように前に進もうとするが、珊瑚が背中に乗っているためまるで意味がない。
「ちょっと、何逃げようとしてるんですか?」
余裕な表情の珊瑚は、啓介の体を引き寄せるようにしながら首を絞め上げつつ、啓介の腰に両足を巻きつけて難なくスリーパーホールドを極めてしまった。
「うっ⋯⋯」
背中に当たる柔らかな乳房。
腰に巻き付く、汗でしっとりとした太もも。
そしてピオニーとムスクの香水の香りが体全体を包み込む。
全身に纏わりつくオンナの気配を感じながら、スリーパーホールドの苦しみを味わい続ける。
「弱っ。このまま絞め落としちゃおっかなぁ〜」
腕力だけなら男の啓介の方が上だろう。
しかし完璧に決まってしまったスリーパーホールドを外すのはほぼ不可能。それも格闘技経験のない啓介なら尚更だ。
(やばい⋯⋯っ、負けるっ⋯⋯!?)
生物としての本能でそれが分かる。
必死に手足をバタつかせて、なんとか逃れようと試みるが、ただ体力の無駄遣いに終わってしまう。
「そんなにっ!⋯⋯暴れてもっ⋯意味ないですよ!逃がさないから!」
巻き付けた足と腕の力で大暴れする男を押さえ込む珊瑚。
「⋯⋯っくっそ⋯⋯っ」
徐々に啓介の動きが鈍くなっていく。
(やばい⋯⋯!呼吸が⋯⋯⋯!)
珊瑚に自分の方から掴みかかっておきながら、倒され、スリーパーホールドで失神寸前の啓介。
そんな彼を抱いたまま、慈愛のようにも呆れのようにも見える微笑みを浮かべる珊瑚。
「大丈夫ですか?女に負けちゃってますけど?⋯⋯何?もう声も出せないくらい苦しくなっちゃってる感じですか?」
(クソッ⋯⋯なんだ、これ⋯⋯負けるかよ⋯⋯女なんかに⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯)
このままやられっぱなしではいたくない啓介だが、意識とは裏腹に手足はぱたり、ぱたりと力なく動くのみ。珊瑚のホールドから抜け出す力は残っていない。
そして、啓介は意識を失った。
~~~~~~~~~~~
「っあぅ⋯⋯っぐっ⋯⋯⋯⋯っは!かはっ!げはっ!」
飛んでいた意識がもどり、何が起きたか分からない啓介、激しく咳き込みながら、周りを見回す。
(あれ⋯⋯俺、どうしてたんだっけ?)
そして啓介は背後で下着姿で腰に手を当てて立っている珊瑚の存在に気づいた。
「先輩、負け、認める?」
「くっ⋯⋯こんなので勝ったなんて、思ってんじゃねぇぞ!!」
呆気なく失神してしまった悔しさから、すぐさま体を起こし、珊瑚に向き直ると再び立ち向かっていく啓介。
自分よりも大きな男の本気の突進に、珊瑚も身構える。
そしてお互いにガッチリと組み合った。
通常、先ほど組み合った時のようにレスリングの組手の技術を使わない限り、女性が体の大きな男性を倒すことは難しい。
しかし、今回は違った。
「⋯⋯っ⋯⋯!?⋯⋯!?!」
「っ先輩⋯⋯っ⋯⋯⋯力、負けちゃってません?」
なんと珊瑚は啓介の突進を受け止めていた。
(くっそ⋯⋯倒せないっ!?!)
最初に組み合った時は油断していた。そして次に組み合った時はよく分からない組み手の技術を使われた。
いくら相手が女でも、これまでは格闘技経験のない啓介にとって組み合って倒され得る条件は整っていたのかも知れない。
しかし今回は、ただ純粋な力比べ。
お互い抱き合うような、半ば相撲のような押し合い。
にも関わらず、珊瑚は啓介の力を完全に受け止め、そしてあろうことかジワジワ、ジワジワと啓介の体を押し返し始める⋯⋯。
焦りと困惑で心をかき乱される啓介。
「ハァッ、ハァッ、ハァッ、ハァッ」
足と腰に力を入れなおし、もう一度押し込む。
しかし、珊瑚の体をほんの僅かに押せても、踏ん張られてしまい、後退させるには至らない。
むしろ、力を入れた反動で一瞬脱力したタイミングに珊瑚に押し返されてしまう。
(くっそ⋯⋯!強え⋯⋯なんでっ⋯⋯こんなっ!)
ここまでの戦いと先ほどの失神のせいで、啓介はスタミナ切れを起こしてしまっていたが、社会人になってからあまり運動はしておらず、体力の限界値をあまり自覚できていなかった。
全く何もないゼロからの状態で、力比べをすれば、もしかすると啓介が勝ったのかも知れない。
しかし、体力で珊瑚に負けてしまっていたのだ。
「先輩っ⋯⋯。こんなっ⋯⋯もんですか?!⋯⋯っ女にっ⋯⋯力でも負けちゃいますよ⋯⋯!」
(嘘だっ⋯⋯俺が⋯⋯⋯⋯こんな奴に⋯⋯!)
「ほらっ!⋯⋯っ壁まで、押しちゃおっかな!」
ズルズルと押され、啓介の背中に壁が迫る。
これはルールのない取っ組み合い。別に壁まで押されたら負けという訳では無い。
しかし、壁まで押されてしまうのは、最後まで力で敵わなかったという証明。
絶対に自分の力だけで、珊瑚の体を押し返したい。
「こんっの⋯⋯⋯オラァァァアアア!!!」
雄叫びをあげ、全身に力を入れて抗う。
しかしそれでも珊瑚の力を受け止め切るには至らない。
(嫌だ!⋯⋯負けてたまるかよ!!もし俺が、これでも負けたら⋯⋯⋯⋯)
もうこれ以上後退するわけにはいかない啓介は足を絶対に床から離さない。
そしてそのまま、珊瑚の力にかなわず、床に押し倒されてしまった。
ドスンっ。
「はぁっ⋯はぁっ⋯⋯。勝ちましたよ?先輩。」
「⋯⋯⋯っ⋯⋯⋯⋯くっ⋯⋯⋯⋯」
悔しさと情けなさで顔を背ける啓介。
そんな啓介の体に跨る珊瑚。
「ねぇ先輩。女の後輩に仕事で負けて、口でも勝てなくて、挙句の果てに力でも勝てなくて、今どんな気持ちですか?」
「⋯⋯⋯⋯」
「ホントに幻滅です。一応先輩のこと尊敬してたんだけどなぁ〜。⋯⋯ねぇ、この際もうハッキリ認めてもらって良いですか?どっちが上の立場なのか。」
「⋯⋯⋯っ⋯」
啓介の瞳からポロリと涙がこぼれる。
「え、泣いてるんですかぁ?女に負けて?ダサ。ほら、言いなよ。どっちが上なの?」
「⋯⋯っぐす⋯⋯っ⋯⋯ふ、ふざけんじゃねぇよ⋯⋯」
「は?口答えするんですか?分からない人ですね。」
そう言うと珊瑚は再び啓介の顔面に自分の胸を押し付ける。
「⋯⋯っ!?!!」
「ほら、このまま私のおっぱいで死んじゃう?」
最初のブレストスムーザーとは訳が違う。
今回、珊瑚は服を着ていないため、もっちりとした柔らかな乳房が啓介の鼻の穴や口を隙間無く埋め尽くしていく。
それはさながら真空状態。
力比べで消耗した体に更なる追い打ちをかけていく。
「⋯⋯⋯っ!⋯⋯っ⋯⋯!!」
手足をバタつかせて暴れる啓介。
しかし、自分の仕事を取った憎くて仕方がない女のブレストスムーザーから逃れられない。
「ほら、もっと頑張んないと抜けられませんよ?最初みたいに服があれば良かったですけどね〜。証明されちゃいましたね。裸で戦ったら女の方が強いって。」
そう言って珊瑚は僅かに上体を起こして、一時的に啓介をブレストスムーザーから解放する。
「っぶはっ!!⋯っ⋯⋯っハァッハァッハァッハァッ」
「ほら、言ってくださいよ。どっちが上?」
「ハァッハァッ、ハァ、ハァ、ハァ⋯⋯⋯⋯!?!?!!!!!」
「早く言えよ。」
ズムんっ
なかなか答えない啓介に、再び地獄の乳を食らわせる珊瑚。
体を完全に支配され、どれだけ暴れても、もう珊瑚の胸に勝てない啓介。
もはや解放される為には、珊瑚の言う事を聞くしかない。
しばらくブレストスムーザーで啓介の顔面を潰した後、珊瑚はもう一度上体を起こして、啓介に問いかける。
「ねぇ?どっちが上なのか、言う気になった?」
「ハァッハァッハァッ⋯っはいっ⋯⋯⋯ハァ⋯ハァ⋯も、もうっ⋯やめてください。」
「どっちが上?」
「ハァ⋯ハァ⋯ハァ⋯⋯⋯みさん⋯⋯⋯」
「聞こえないけど?またおっぱい食らいたい?」
「グスッ⋯⋯⋯あ⋯やみさんっ⋯⋯っグス⋯⋯の方が⋯⋯上⋯⋯⋯です⋯⋯っグスッ」
鼻を啜り、涙を流しながら敗北宣言する啓介。
それに満足げな笑顔を見せる珊瑚。
つい半年前までは、頼れる先輩と明るく礼儀正しい後輩という関係だった二人。
しかし今、その立場は完全に逆転してしまっていた。
「じゃあ、これからは私の"下"で奉仕してくださいね?ちょっとでも嫌がる素振り見せたら、またおっぱいで半殺しにしてあげますから。」
そう言うと珊瑚は啓介の顔面に座り込み、腰を前後に動かし始める。
「⋯っうぶっ⋯⋯!!!」
パンティライナーのフローラルな香りと、汗の香りがムンっと啓介の鼻腔に触れる。
そして、就業後の静かなオフィスに若い女の艷やかな喘ぎ声が響いた。
~~~~~~~~~~~
一ヶ月後。
街のスーパーやドラッグストアの入浴剤売り場に、『ルナソルト〜エキゾチックウッド〜』が並んでいた。
売れ行きは上々で、販売開始後1ヶ月の売り上げ高は、全ルナトリート製品の中で第5位と新商品としてはかなりの好成績を叩き出した。
これを成功させた珊瑚は、昇進とはいかないものの、役員や部長から大きな評価を得た。
間違いなく次のボーナスは期待できる。
一方の啓介は、大事なプレゼンに現れなかったことが大きなマイナスとなったが、珊瑚が引き継ぐまでの働きぶりもあり、これまで通り事業企画部で仕事を続けられていた。
「お疲れ様でーす。」
金曜の就業後、オフィスを後にする社員達。
珊瑚の同僚が声をかけてきた。
「珊瑚、明日休みだし、ご飯いかない?ほら、この前話てた茶山通りにできたバー。」
同僚からの誘いに、顎に人差し指を当て少し考える仕草をする珊瑚。
「あー、あそこ行ってみたいね。ん〜、でも来週でも良い?ちょっと今日はもうちょっとやりたいことあるし。」
「そ?じゃ、お疲れ〜。あんま無理すんなよ〜」
「うん!ありがと。」
そうして同僚と別れると、スマホをバッグから取り出し、SNSアプリを開く。
『せっかくの華金なのに、今日昼に人事の女から嫌味言われて気分悪い。発散したい。』
画面の投稿ボタンを押そうとした時、ふとオフィスの左奥で残って画面上のスプレッドシートと格闘している啓介の姿が目にとまった。
いつの間にかみんな帰って、オフィスには珊瑚と啓介二人きり。
珊瑚は「フッ」と笑うと席から立ち上がり、啓介の方へと歩いていく。
そして今夜も、珊瑚のストレス発散が繰り広げられるのだった。
(おわり)
【彩海珊瑚プロフィール】
【その他、作中用語集】
#格闘裏垢女子の世界に登場するSNSアプリ
・murmur
200字以内の短文で投稿するSNS。
動画や画像も一緒に投稿でき、拡散や引用機能もある。旧Twitt〇rみたいなもの。
・Inlettagram(通称:インレタ)
画像投稿に長けたSNS。ほぼInst〇gram。
アカウント主の投稿がタイル状に見られるホームタブに加えて、他者の投稿を拡散するレコメンドタブもあるため、拡散性も持つ。
#格闘裏垢女子の世界に登場する施設
・レスリングジムXAG
レスリングの練習を通して筋肉を鍛えられるジム。
ウェイトトレーニングやランニングマシンもある為、通常のフィットネスジムとしても機能している。
体形維持に加えて、レスリング技術が護身術にも活用できることや、併設しているプロテインカフェがおしゃれであることから、若い女性からの人気が高まっている。
ニカ
2025-02-21 10:52:11 +0000 UTCdead pool
2025-02-08 15:49:07 +0000 UTC